爛漫之春-洛陽城東

 

 今日、窓外は低気圧の通過で時ならぬ風雨である。「東都の花やかくて散るらん」の風情となった。(まだ終わったわけではないが)今年も各地の花を見て回った。桜にこころ浮き立つのはなぜだろう? 冬枯れのモノトーンの景色が”ぐゎらり”と変わって眼驚くからというのもひとつであろう。ともかくも歌を謳おう、生命の春を!

(赤羽台への坂道)IMG_0004

 『代悲白頭翁』(白頭を悲しむ翁に代わる)の一篇、作者は劉希夷である。

 洛陽城東桃李花  洛陽城東桃李の花
 飛来飛去落誰家  飛び来たり飛び去って誰が家にか落つる
 洛陽女児惜顔色  洛陽の女児顔色を惜しみ
 行逢落花長嘆息  ゆくゆく落花に逢いて長く嘆息す

 今年花落顔色改  今年花落ちて顔色改まり
 明年花開復誰在  明年花開くも誰かまたある
 已見末柏摧為薪  すでに見る松柏の摧かれて薪となるを
 更聞桑田変成海  さらに聞く桑田の変じて海となるを

 古人無復洛城東  古人また洛城の東になく
 今人還対落花風  今人また落花の風に対す
 年年歳歳花相似  年年歳歳花あい似たり
 歳歳年年人不同  歳歳年年人同じからず

 寄言全盛紅顔子  言を寄す全盛の紅顔子
 応憐半死白頭翁  まさに憐れむべし半死の白頭翁
 此翁白頭真可憐  この翁の白頭まさに憐れむべし

 伊昔紅顔美少年  これ昔紅顔の美少年
 公子王孫芳樹下  公子王孫と芳樹の下
 清歌妙舞落花前  清歌妙舞す落花の前
 光禄池台開錦繍  光禄の池台錦繍を開き
 将軍楼閣画神仙  将軍の楼閣神仙を画く

 一朝臥病無相識  一朝病に臥して相識るなく
 三春行楽在誰辺  三春の行楽誰があたりにかある
 宛転蛾眉能幾時  宛転たる蛾眉よく幾時ぞ
 須臾鶴髪乱如糸  須臾にして鶴髪乱れて糸のごとし

 但見古来歌舞地  ただ見る古来歌舞の地
 惟有黄昏鳥雀悲  ただ黄昏鳥雀の悲しみあるのみ

(小石川養生所の池)IMG_0026

【釈】

都城の東の桃李の花はいっときに咲いて 東風(こち)に乗って舞いあがる / 城内に飛んできた花々は誰が住む家の庭に舞い降りるのだろう / をとめらは容貌(みめかたち)のいつまでも若きままでいたいと願い / はらはら散る花吹雪を眺めてはため息をついて憂いに沈む

今年の花落ちて春が去ればまたひとつ齢をかさねる / 来年春来たって花開く際ここで眺める人は誰だろう / かつての松や柏の木々は切られ薪となってはかなくなった / また桑畑がいつの間にか沼沢に変じてしまったとも聞いた                            

都の東に花を愛でたいにしえびとはすでになく / いままた我々も同じように落花の風をからだに感じている / 年年歳歳同じように花は開き同じように花が散る / なのに歳歳年年その花に対する人は同じ人ではない                                       

今を盛りの紅顔豊頬の若者たちよ / いまや死すべき命となった真っ白な頭の老人を憐れんでくれたまえ / この翁の乱れた白髪頭こそあわれを催すものはない                                       

この翁とて昔は紅顔の美少年であったのだ / 若き王子や公達たちと麗しい香りのする樹の下 / 花散る前で清らかに歌いみやびに舞ったこともあった / 池を見下ろす高台に綾錦を開いて宴した / 将軍の高殿に招かれたときは夢のようであった

あるとき病が襲って臥せたあと戻ってみればもう知る人もいない / いま(早春・仲春・孟春の)三春の行楽に時を蕩尽できる人はどんな人だろう / 若いあでやかな美女であるのもいかばかりの時にもすぎない / あっという間に髪は白くなって乱れた糸のごとしとなる

古きより人々が遊んだ管弦歌舞の地を見れば / たそがれが迫ってほの暗く小鳥たちのさえずりがするのみである / 人の世は無常、暗い死は間近、若さと遊楽の刹那、 / 小鳥のような志しかなかったわが身、ただ空しく悲しい

(日清役戦死者の墓に散る花)IMG_0064    

 鳥雀の悲しみとは、『荘子-逍遥遊』にいう小人(=志ひくき者)のことと思ったがどうであろう? 洛陽は中国河南省の都市、古代よく都となった。(日本の)京都を洛陽というのは、長安が西洛陽が東にあることから、右京を長安に左京を洛陽に比したことによる。北半球の都市は西に伸びるのが通例だが、右京は低湿地だったので京都は東に発展し、右京は寂れてしまった。洛陽だけが残ったのである。いま、京都に行くことを上洛というのはゆかしい言葉である。(なお、京都から東京に行くのは”関東下向”という?)

  

TOSHIHIRO IDE について

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