鬼哭啾啾

 七月も終わる。鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)である。鬼は中国的意味である死者の霊魂、哭は哀しみの声、啾啾は小声で力なく泣くさま。辞書には「悲惨な死に方をした者の浮かばれない亡霊の泣き声が、恨めしげに響くさま。転じて、ものすごい気配が漂い迫りくるさま」とある。

 オリンピックが始まった。Coronavirusは俄然牙を向いて襲い掛かかってきた。感染者は累進して増加し、緊急事態宣言は区域を広げて8月末まで延長された。それ以前に組織委員会では、オリンピック憲章の精神にそぐわない数々の事実が暴露されて惑乱した。

 一方で祝祭の杯は挙げられ、一方で国民はただ緊縮を求められる。かくのごとき国家がかつてあっただろうか。

 鬼哭啾啾のほかの言葉はない。その意味するところは、今後の事態推移によって語りつぐこととする。

 この語、もっとも有名な文芸作品として、私は杜甫の『兵車行』を挙げたい。今日はその紹介である。詩の掉尾に、

新鬼は煩冤し旧鬼はす 天陰り雨湿るとき声啾啾

とある。——新しく死んだ人の霊は悶え悩み、昔死んだ人の霊は慟哭する。天は曇り雨がふりしきる時、死者たちの寂しげな声が聞こえてくる――。

 さぁ、頁を繙こう。

 

 兵車行   杜甫

車轔轔

馬蕭蕭

行人弓箭各在腰

耶嬢妻子走相送

塵埃不見咸陽橋

牽衣頓足攔道哭

哭声直上干雲霄

道旁過者問行人

行人但云点行頻

或従十五北防河

便至四十西営田

去時里正与裹頭

帰来頭白還戍邊

辺庭流血成海水

武皇開辺意未已

君不聞漢家山東二百州

千村万落生荊杞

縦有健婦把鋤犁

禾生隴畝無東西

況復秦兵耐苦戦

被駆不異犬与鶏

長者雖有問

役夫敢申恨

且如今年冬

未休関西卒

県官急索租

租税従何出

信知生男悪

反是生女好

生女猶得嫁比鄰

生男埋沒随百草

君不見 青海頭

古来白骨無人収

新鬼煩冤旧鬼哭

天陰雨湿声啾啾

【訓み】「兵車行  杜甫」

車轔轔 馬蕭蕭 行人の弓箭各腰に在り 耶嬢妻子走りて相送る 塵埃にて見えず咸陽橋 衣を牽き足を頓して道を欄りて哭す 哭声直ちに上りて雲霄を干す 道旁を過ぐる者行人に問ふ 行人但だ云ふ点行頻りなりと 或いは十五より北河を防ぎ 便ち四十に至って西田を営む 去る時里正与に頭を裹み 帰り来って頭白きに還た辺を戍る 辺庭の流血、海水と成るも 武皇辺を開く意未だ已まず 君聞かずや漢家山東二百州 千村万落荊杞を生ずるを 縦ひ健婦の鋤犁を把る有るも 禾は隴畝に生じて東西無し 況や秦兵復た苦戦に耐うるをや 駆らるること犬と鶏とに異ならず
長者問う有りと雖も 役夫敢えて恨みを伸べんや 且つ今年の冬の如きは 未だ関西の卒を休めざるに 県官急に租を索むるも 租税何くより出でん 信に知る男を生むは悪しく 反って是れ女を生むは好きを 女を生まば猶ほ比鄰に嫁するを得るも 男を生まば埋没して百草に随う 君見ずや青海の頭 古来白骨人の収むる無きを 新鬼は煩冤し旧鬼は哭す 天陰り雨湿るとき声啾啾

(「へいしゃこう  とほ」  くるまりんりん、うましょうしょう。こうじんのきゅうせん、おのおのこしにあり。やじょうさいし、はしりてあいおくる。じんあいにてみえずかんようきょう。ころもをひきあしをとんして、みちをさえぎりてこくす。こくせいただちにあがりてうんしょうをおかす。どうぼうをすぐるもの、こうじんに問う。こうじんただいう、てんこうしきりなりと。あるいは十五よりきたかをふせぎ。すなわち四十にいたってにしでんをいとなむ。さるとき、りせいためにこうべをつつみ。かえりきたってこうべしろきに、またへんをまもる。へんていのりゅうけつ、かいすいとなるも。ぶこうへんをひらくい、いまだやまず。きみきかずや、かんかさんとうの二百しゅう。せんそんまんらく、けいきをしょうずるを。たといけんぷのじょうりをとるあるも、かはろうほにしょうじてとうざいなし。いわんやしんぺい、またくせんにたうるをや。からるることいぬととりとにことならず。ちょうじゃ、とうありといえども、やくふ、あえてうらみをのべんや。かつ今年の冬の如きは、いまだかんせいのそつをやめざるに、けんかん、きゅうにそをもとむるも、そぜいいずくよりいでん。まことにしる。おとこをうむはあしく、かえってこれおんなをうむはよきを。おんなをうまば、なおひりんにかするをうるも、おとこをうまばまいぼつしてひゃくそうにしたがう。きみみずや、せいかいのほとり。こらい、はっこつひとのおさむるなきを。しんきははんえんし、きゅうきはこくす。てんくもりあめけぶるとき、こえしゅうしゅう。)

【語注】

車轔轔:車輪の音の形容。がらがら・ごろごろ。馬蕭蕭:馬のいななきの形容。ひひん。行人:戦場に向かう兵士。弓箭:弓と矢。耶嬢:父母を表す当時の俗語。「耶」は「爺」と同じで父。「嬢」は母親のことで、娘の意味になるのは後世。咸陽橋: 長安の北を流れる川に架けた橋。長安から出征する兵士たちの家族はここまで見送りを許された。頓足: 足をじたばたさせる。干雲霄:「霄」は空の意味。したがって、「干雲霄」は「空まで届く」という意味。道旁過者:道端を通り過ぎる人。ここでは作者の杜甫のこと。点行: 「点」は名簿に印をつけることで、「行」は兵士に行かせること。このことから徴兵の意味。便:そのまま。営田:屯田のこと。里正:村の長。裹頭:頭を黒い布で包むこと。十五歳になると成人してこの儀式を行った。辺庭:「辺」は辺境。「庭」はそのあたり。武皇:直接は漢の武帝。暗に当時の皇帝玄宗を指している。唐の時代の人物である杜甫は彼を直接名指しするのを避けたのである。白居易の「長恨歌」にも同様の配慮がある。漢家:直接は漢の国家。これも暗に唐を示している。荊杞:イバラとクコ。どちらも雑木。鋤犁:「鋤」も「犁」も「すき」という農具。禾:穀物。またはその苗。隴畝:田畑の畔。または田畑。秦兵:秦地方(現在の陝西省)の兵士。長者:年上の人に対する敬称。役夫:働く人のこと。ここでは話者である兵士自身のことをさす。且:さしあたり。まず。関西卒:「関」は函谷関のことで、それより西の地方で現在の陝西省。「卒」は兵士のこと。したがって、「関西地方の徴兵」の意味。青海:現在の青海省の東部にあるココノール湖のこと。当時、この地域は吐蕃の領土であり、唐としばしば軍事衝突していた。鬼:「鬼」は死者・またはその魂のこと。煩冤:もだえ苦しむ、うらむ。啾啾:むせび泣く。泣く声の様子。

【釈】「兵車(いくさぐるま)は行く」

 兵車(へいしゃ)はリンリンと勇まし気に音を立て、馬は悲しげにいななく。出征する兵士はそれぞれ弓矢を腰に。父母妻子は走りつつ彼らを見送る。軍列の土煙で都を出立つ咸陽橋も定かに見えないほどだ。

 見送りの人たちは兵士の衣を引いて、足をばたばたさせて道をさえぎり大声をあげて泣く。泣声は空に立ち上って雲に達している。路傍に佇む者が歩み行く兵士に訊くと、兵士はただ「徴兵がしきりに行われているのだ」と答える。

 ある者は歳十五にして北へ行かされ黄河を守り、そのまま年月を送って四十になり、今は西で屯田兵をさせられている。出発に際しては村長が成人の黒布で頭を被せてくれたが、帰ってきたときの頭はもう白かった。それでもまた、国境に遣られる。国境には戦いで流された血が海水のようにあふれているというのに、武帝の野望はまだ止まらないのだ。

 漢帝国山東二百余州ありといえども、千の村に万の集落、どこをも茨と枸杞の雑草が繁茂している。留守を守る健気な嫁が鋤をとったとしても如何ともしがたい。田畑は茫茫として方角も分からない有様である。その上、秦の兵は苦しい戦いにもに耐えて強いといわれ、どんどん駆り立てられる。犬や鶏と変わるところがない。「あなたがお尋ねになっても、私はうらみ心を言い尽くせることはできません」と兵士は語る。「さしあたって今年の冬、関西地方の徴兵を中止にすることもなく、県の役人は厳しく税を取り立てています。税なんていったいどこから出せるというのでしょう」と。

よくわかりました、男を産むのは悪しきことであり、逆に女を産むことが良いのです。女ならまだとなり近所に嫁にやることもできるましょうが、男は戦死して草場の茂みに埋もれてしまうだけなのです。

あなた方は吐蕃青海の畔を見たことがありましょうか? 白骨累々。昔から青海のあたりでは、片付ける人もなく戦死者は朽ち果てていくのです。新しく死んだ者の魂は悶え恨み、先に亡くなった者の魂は嘆き叫びます。天曇り、雨けぶる。死者たちは咽び泣いているのです。

TOSHIHIRO IDE について

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