国見の楽しさ

  帰省のついでに黒髪山に登った。深田久弥の個人的趣味で選択され、いまとなっては有象無象がたかって手垢のついた感のある日本百名山に比して、提唱されている新百名山のほうがコンセプトが明確な分フェアであると思われる。その「最低でも各県ひとつ」の佐賀県の山が黒髪山516mである。

  まあその程度の高さだから、地元で育った私とて若さの客気でバカにして登っていなかった。低さもあるけれど山頂近くまで車が入れることも気に障わる。そんなことで今回はきわめてオーソドックスでクラシックな山行というか、つまりはひたすら歩く、そして山のあなたへ縦走するのである。

  JR佐世保線三間坂駅から歩く。黒髪神社上宮の一の鳥居から車道を一直線に切り裂いた参道は古色蒼然、大きな岩の上に水流れる沢沿いの道から出るとカザハヤ峠展望所。太鼓谷不動尊・不動寺・西光密寺を経て上宮と白山神社、山岳信仰は神仏習合の色が濃い。

  山頂は大きなオベリスクの天童岩で風の強い日はなかなかにスリリングである。360度の展望とはいうが、ここはもう少し我慢して青螺山へ縦走しよう。この山の登降は垂直の木の根伝いといっても強ち嘘ではないほど。

  青螺山618mは黒髪山塊の主峰で、ここからはすべてが目の下に展開する。北面は鍋島藩の秘窯大川内、その先は伊万里の町と港、伊万里湾に鷹島と玄海原発、松浦半島の沖には玄界灘が見える。有田ダムの向こうは有田の町、早岐あたりの海は大村湾で東シナ海も光る。ゆっくりなだらかに長い多良岳の稜線のつきるところは有明海、山々は天山・背振も指呼の間にある。

  それにしても野も山も、町や家々や道も手の内にある。近くに障壁となる山のないからだろうが、この西南の地のかわいさったらない。cosmosという語を思い出す。小宇宙、秩序、調和。ポカポカ陽気に国見の神話をも。

大和には 群山あれど とりよろふ 天の香久山 登り立ち 国見をすれば 
 国原は煙立ち立つ 海原は鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は

(舒明天皇『万葉集』)

  青牧峠から龍門に降りて松浦鉄道西有田駅まで歩き、汗は武雄温泉の元湯で流すのがお奨めである。

 
 
 
 

TOSHIHIRO IDE について

九州産の黒豚 山を歩きます 乗り鉄です 酒と女を愛したいと思った過去もあります 酒の需要能力は近ごろとみに衰えました 女性から受容していただける可能性はとっくに消失しています 藤沢周平や都はるみが好きです 読書百遍意自ずから通ずであります でも夜になると活字を追うのに難渋しています  
カテゴリー: 山歩 パーマリンク

コメントを残す