万緑山歩

思い立った萬緑(5/30

 5月も終わる。旧暦の季節感をもっているわけもないので、5月となると「皐月の風の吹き流し」や「茜襷に菅の笠」の爽快感ばかりで、「五月雨を集めてはやし最上川」から黴雨の鬱陶しさを思うにも手間が要る。

 山の春と初夏は凝縮してやって来る。ヤマザクラが散るのとツツジの花開くは、瞬時のバトンタッチのようである。桜が落ちると、枯れ木だった木々に嫩葉(わかば)が芽生える。山野を青に染め、緑一色に替えると表されるのであるが、Greenそのものが刻々とgradationされていく曖昧がいい。嫩碧(どんぺき)から万緑(ばんりょく)へ、季節は疾走するのだ。

 その5月が終わる。「今日は萬緑を顧みるぞ」と思い立った。奥武蔵グリーンラインの檥峠(ぶなとうげ)に石田波郷(いしだ・はきょう)の句碑がある。

  萬緑を顧みるべし山毛欅峠

(ばんりよくを かへりみるべし ぶなたうげ)である。

――この句には以前触れた(「冬のグリーンラインを歩く(中)」2011/02/07)。――句の鑑賞については後日稿を改めたい。

2015spring 049

 峠へは何回も往っている。句碑を見てこの句を知ったが、いい句だと思った。作られたのは1943(昭和18)年5月、まさに今である。万緑、いい言葉ではないか。万緑の風を嗅ぎたいと思った。行かざるべからず、である。

 正丸駅には8時半に着いた。好天の月末土曜日、イベントもないけれどハイカーの数は夥しい。6月は梅雨、7月から真夏の低山は暑苦しいから、11月が来るまではdead seasonとなる。絶好の駆け込み日和ということか。ほとんどの人は大蔵集落方面から正丸峠や伊豆ヶ岳に足を向けるが、偏屈な連中はR299から坂元集落に入り旧正丸峠を目指す。むろん私はヘンクツ。

 1時間ちょっとで峠。ほぼ同時に3人のオッサンが着き、左に正丸峠・峠越えの落合・右の虚空蔵峠に三分した。虚空蔵菩薩は宇宙のごとき智慧と慈悲を併せ持つ仏様である。菩薩なのだから人間界におわすのであろうが、ヒトならば空海レベルなのだろう。峠にはいくつか祠があるが、名をとどめる由緒はどれだがわからない。11時15分。

 刈場坂(かばさか)は12時10分、サイクリングやツーリングの若者が10名くらい。トップシーズンである。晴天の夏日とはいえ、尾根の緑陰に風は吹き抜ける。アジサイ山を経て檥峠には1時に着いた。次週のトレイルランのtrainingで毛呂からのおねえさん2人、背にしょったドリンクのチューブを吸いつつ、走り歩きしてやって来て武甲温泉まで走ると言う。話ついでに句碑の説明をしたのだが、「へぇ」とは答えても興味は湧かないらしい。それでいいのだ、若さは眩しいものである。

 ブナ峠は白日に照らされてアスファルトの道が貫いている。かつてブナの森が覆っていた日盛りの山は、拡大造林政策の失政によって暗鬱な杉の密林となった。ブナが2本、記念樹もどきに句碑のそばに立って、静かである。

 歩みを進めて飯盛山から飯盛峠、関八州見晴台は14時前。眺望は見事ながら、富士山もスカイツリーも夏の大気に蒸れて、白い紗に姿を隠してしまった。関八州の石楠花を見捨てて、高山不動の横を下って、(往時ここらの子供らが行き来した)学校道を志田へ。瀬尾から3月に開通した吾野トンネルを左に見て吾野に出た。吾野湧水を土産に汲み、16時56分の快速急行に乗った。

 その夜20時23分、小笠原諸島西方沖地震(震源の深さ682km、Mj8.1)で列島中が揺れたことは記しておこう。

檥峠という字

 ブナの語源は「分(ぶん)が無い木」からといわれる。分は「身の程、力量」の意味である。硬さが建材にするには脆く、加工した後にも曲がり撓みがみられて用材にも不向きとされるからでる。木炭としても脆くては良質とはいえないし、図体は大きいが使い途がないといった感じである。

2015spring 045

 国字の「橅」は語源からつくられたものだろう。辞書をみると、このほか漢字として「椈」「山毛欅」がある。椈は字音「キク」で、字義「木の名、ひのきの類」とある。ただし、〔日本 ぶな、ブナ科の落葉高木〕と付加されている。誰かが間違えて使い始め、一部で定着したヘンテコな見本である。山毛欅は中国語にもある語だが、植物としては中国ブナの一種ではあって日本ブナとは別種である。

 檥峠の「檥」となると、字引きの類のブナの項に一切見出されない。どこにも使われていない、飯能市と比企郡ときがわ町だけのローカルルールといっていい。さて困った。檥は字音「ギ」、字義「船具を整えて船出の準備をする」とある。手がかりがないけれど牽強付会すれば倭言葉(やまとことば)であろう。「ふなのよそほひ」と訓める。早とちりというか、字の横のゴミにでもだまされたか〔ぶなのよそほひ〕と読み誤ったことにしよう。でも、厚切りジェイソンなら「大」と「犬」の間違いはギャグになるが、教育委員会じゃ洒落にもならないだろうね。

万緑という季語

 万緑は夏の季語である。手元の歳時記では--見渡す限りの緑一色といった状態。新緑より調子が強く、生命感が溢れる。王安石の「万緑叢中紅一点」という語が出典。中村草田男が句に用い、一般化した。--とある。

  万緑の中や吾子の歯生え初むる

 (ばんりょくのなかや あこのは はえそむる)である。名句であろう。萌え立つ緑が幾重にも重なって、色彩に命が沸騰している。そこで、切れ字の「や」。沸騰を謳いあげる。作者は季節に感動している、そこに手元の生まれたばかりの赤ん坊の、おっ小さな白い歯が!となる。色と遠近と大小の緩急が、生命賛歌に流し込まれてharmonizeするのである。

2015spring 056

 徒党を組んだわけではないが、難解派・人間探求派とか名指しされた中村草田男らの俳句の流れがあった。その流れのなかの石田波郷が、万緑の季語を襲ってブナ峠の句をつくる。それで「万緑」の季語が定着したという伝説となった。

 せっかく歳時記を開けたので、そこから一句。

  肘若し万緑に弓ひきしぼり

 (ひじわかし ばんりょくにゆみ ひきしぼり)、野崎ゆり香である。青年が胸を張れるだけ張って、弓をひきしぼっている。顔は若く美しく、肘の奥には剥き出しの腋が覗け、裸の胸も汗と匂う。作者は臍下まで熱くする。生命のエロスが薫って、注釈無用。

典故のフェミニズム

 万緑の出典とされたのが、北宋王安石(1021~86)の詩『詠石榴(ざくろをうたう)』である。詩の全文を読もうと調べたが見つからない。方々ネットサーフィンしたら、国会図書館のDBのなかに見つけたものがあったので、末尾に紹介する(*)。

 つまりは王安石とは無関係といっていいが、章句はおもしろいので意味を検討して、来たるべき季節を展望したいと思う。

  萬緑叢中紅一点 動人春色不須多

【読み下し】万緑叢中紅一点(ばんりょくそうちゅうこういってん) 人を動かす春色(しゅんしょく)、すべからず多かるべからず

【釈】緑に重なる緑いっぱいの野の中に、ぽつんと真紅のザクロの花が浮かんでくっきりとあでやかである。(その美しいったらない!)人を感動させる美しさは数をたのむべきではない(キラリと輝くものあってこそだ)。

【鑑賞】紅一点は男性のなかの女性一人という形容に用いられてきたが、むしろ対比の美しさを謳っていると思う。緑のあふれる美しさは、ただ一つの真紅によって逆転する。緑はもはや紅の引き立て役となって遠景に退く。緑は集合の美、紅は唯一の美といってもいい。緑が多数を頼んでも少数の紅に圧倒される、美が力に(文が質に)勝るのである。

 緑を青に紅を朱に観念すれば、青春-朱夏-白秋-玄冬の循環のなかで青い春は真っ赤な夏の炎に呑み込まれていく。季節に逆らうことはできない。紅一点が女性の存在を表しているとすれば、戦争の時代を終われば、きっと女性の美しさが社会をガバナンスするようになる。そうなったらいい。必然的な展望としてそう思う。

 文学の自由は想像力によって未来を創り出せるのである。

2015spring 057

(*)http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000025144

お問合せの「詠柘榴詩」ですが、当館所蔵資料『臨川先生文集』(921.5-O111r)の目次を確認しましたが、記載はありませんでした。googleなどで検索しますと、「万緑叢中紅一点、動人春色不須多」という一説を含み、紅一点という言葉の出典であるとされています。

→ http://www.geocities.jp/kuro_kurogo/ko-jien02/page22.html

『日本国語大辞典』(日本国語大辞典第二版編集委員会,小学館国語辞典編集部編 第2版 小学館 2001 KF3-G103)で「紅一点」を引きますと、同じような解説がしてありました。 詩の言葉から、『漢詩大観』索引2(佐久節編 復刊 鳳出版 1974 KK436-H9)を調査しましたが、記載はありませんでした。
その他、王安石や北宋の詩を扱った他の資料も確認しましたが、詩や手がかりなどは見あたりませんでした。

 さらに手がかりを求めたところ、あるサイト

→ http://bymn.pro.tok2.com/advent/1218.html

で、『諸橋轍次大漢和辞典』(当館所蔵資料『大漢和辞典』KF4-E18)に「万緑叢中紅一点」の作者について言及があるとされており、資料を確認したところ、9巻p755に解説がありました。ご参考までに引用いたします。
「この句は人口に膾炙してゐて、安石の作とされているが、実際には其の作者に就いては確説がない。[書言故事、花木類、紅一点] 王荊公、石榴詩、萬緑叢中紅一点、動人春色不須多。[王直方詩話] 荊公為内相翰苑中有石榴一叢、枝葉甚茂、僅發花、故荊公題云、濃緑萬枝紅一点、為人春色不須多、余毎以不見全篇為恨。」(インターネットの最終アクセス日 2005.6.17)

TOSHIHIRO IDE について

九州産の黒豚 山を歩きます 乗り鉄です 酒と女を愛したいと思った過去もあります 酒の需要能力は近ごろとみに衰えました 女性から受容していただける可能性はとっくに消失しています 藤沢周平や都はるみが好きです 読書百遍意自ずから通ずであります でも夜になると活字を追うのに難渋しています  
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